たぶん

たぶん重要なのは自分がどう感じるのかなんやと思う。何にしても。物語が大切とか、瞬間が大切とか、未来が大切、今が大切、明日が大切、過去が昨日が、ずっと前が大切とか、伝統とか、色々人が大切にしているものはそれぞれでいっぱいあるけど。絶対的にこれを大切にするべきなんやーってことはない気がするんですよね。ネガティブが大切でもポジティブが大切でも、不幸が大切でも、幸せが大切でもいいんすよ。自分が今自分やってるなーって思えてたら、それが深い価値だと思うので。大切を対立させがちだけど。みんなそれぞれで、それぞれ深く価値を観ることができれば本当に最高なのになー。そういうふうにやっていけるように、そういうふうに思える人が増えるように、生きます。楽しんで。おやすみ。歌。

歌と

歌と歌と歌と歌と生きて行こうと思う。別にギターに縛られる必要はない。音楽に縛られる必要もない。言葉と声があれば、あとできればいい感じのメロディがあればいいわけで。だから、ギターとかコードとか音楽から歌を作るのは僕には未だいいかなと思う。コードとか音楽のレベルが上がればまた別だけど。今のところ1番自分の中でレベル上げされてるのは歌なの。歌を端緒に音楽とか諸々のレベル上げした方が効率いいよなって話です。村上春樹とか心理学とか哲学とかとてもいいなー惹かれるなー興味あるなーって思う。大森靖子にとっての可愛い女の子、とかアイドル、とか音楽、に対する興味に近い感情をそれらには抱ける可能性があるなーと思う。音楽は手段だし目的なんですよね。とにかく僕が誠実に作ると考えた時、歌と言葉から作り始めるのが1番美しい。芸術として成立するようにできる。気がする。試行錯誤ですな。怒りさえ肯定する人もいますけど。それを武器にできる場合はね。いいんですよそれで。でもそのせいで幸せを妨げられているのならばうまく使えるようになる方がいいわけで。不器用なのは仕方ないけども、それにあぐらをかくのは違う気がするなー。そのままでいいって言うのは違う。気がする。それも違うかもしれない。つまり、この世はわからないことだらけ。でも生きる方を選んじゃってるし選んじゃうんだろうから、楽しく生きたいなーって思うのでした。自分なりの楽しみ方を見つけられる人は最強なんすよ。不幸せには不幸せの、絶望には絶望の楽しさがある。そう考えると複雑だな。二元論のパラドクスを見つけちゃった時点で複雑で難解な人生が約束されてしまった。でも、それはそれでいいなーって珍しく落ち着いた夜。おやすみ。

ギター。

ギターの教本買って頑張って弾こうと思ってちゃんと練習してちゃんと頑張って大森靖子さんに届きたくてでもどっかで無理だって思ってるから、全然進まない。ドレミファソラシドって弾くだけ、それ以外なんにもわからない。わからなかったりできなかったりする自分を殺したくなる。一万時間やれば魔法が使えるようになるならやらなくちゃいけないのに、何をやっていいのかも、ギターやるってことがどういうことなのかもわからなくて、わからないのにやりたくて才能ないのにやりたくて歌いたくて、頑張らなきゃいけないのに頑張らない自分には飽き飽きだし、最初からできる人はできて、できない人は練習したって魔法は使えないんなら本当に世界の人々を全員殺してやろうかって思う。できれば幸せな人から順番に。醜い感情をどこに吐き出せばいいかわからない。DM送っても歌歌っても、こうやってブログに書いても誰も読まないし愛されないし、ただスッキリして、なんにも積み上げられなくて死にたくなっての繰り返しで永遠に繰り返しで。なんなんだろうな本当に。奴隷だ野獣だ。野獣になりたい。誰の目も気にせず、自分という肉を捨ててただ愛することができたならどんなに幸せでどんなに気持ちよくてどんなにどんなにどんなにどんなに。あーあわあわあーあわあわあわあわ。表せなくてウニャウニャしちゃう毎日死ね。

負けない

負けない。勝つまで戦う。それだけだ。勝手に敵対視している。でも、それは悪いことじゃない。勝手委に敵対視しているのは人間に対してじゃなくて、言葉に対して、ふるまいに対して、芸術に対して、音楽に対して、歌に対して、でしかないから。僕がいいと思わなかったり、「違う」と感じるからといって、それを作る人や歌う人や言う人は全く価値を損なう必要はない。僕は僕が負けてない、これだ、これが命だこれが音楽だこれが僕だといえるものを作るだけだし作りたいし、全然形にできていない僕にとっては「違う」ものでも作るれること自体尊敬に値するとしか言いようがないけど。でも、だからこそ、負けない。負けずに作っていきたい。頑張りたい。頑張って、僕は僕の美しさを表したいし、全然表せないからこそ、実力不足だからこそ、苦しく辞めたくなるかもしれないけれども、僕は僕にできる一瞬を見逃さず、そこに全力になりたいと思う。命を大爆発させるような芸術をどうせなら作りたい。ちゃんと作りたい。もっともっとマイナスからのスタートだからこそ、楽しくなかったことも楽しめるようになるし、行動で人は変われることを、行動こそが人を作るということを、18からでも自分のイデアをちゃんと表せるようになれることを、証明したい。とにかく行動。苦しくても前へ進む。ちゃんと息しろよ。

魔法は使えない

崎山蒼志というアーティストがテレビに出ていた。彼は15才でありながら、魔法を使っていた。僕は魔法が使えない。大森靖子も魔法を使っていた。斬新で鮮烈な魔法をパワー全開で振り回している人だ。椎名林檎さんも、米津玄師さんも。魔法を使っていた。僕には魔法は使えなかった。天才、は、なるべくしてなる。僕も魔法を使えるようになりたい。なりたい。なりたい。彼らは、幼いころから、音楽にかかわっていた。でも僕は違う。僕はもう18歳だ。魔法が使えるようになるための時間は、僕に、残されているのだろうか。こんなに成長してしまった体で、0を1にし、1を100にする屈辱に僕は耐えられるのだろうか。耐えられない。

 

 

でも、耐えなきゃ何も始まらないんだ。

でも、どうすればいいのかわからない。教えてください。誰か。

日々は刻々と過ぎていく、僕は流される

毎日が刻々と過ぎていくんです。普通に生きてるだけじゃ。表現がしたい。美しく過程でありたい。プロセスでありたい。というより過程としての人生、プロセスとしての人生に価値を見出したい。みんなにわかってもらうために表現するのではないのです。わかんないよねっていうことを表現したいし、わかんないけどなんか綺麗だなとか、美しいな、いのちだなって思えるものを作りたいし、そんな自分の命を表現したいだけなんです。「お勉強」が目的ではないし、「斬新であること」「美しさ」が目的なわけでもない。ただの命を突き詰めたいだけなんです。めんどくさいことはなしがいいです。重ねて重ねて毎日を美しくしたいのです。わかるために生まれてきたのではないのに、「正しく」わかることを強要されるのは疲れます。分かり合えなくていいではないですか、みんなとおなじ「わかる」を共有しなきゃいけない表現、芸術、うた、詩、生死、なんてものぜんぜん楽しくない。孤独じゃなきゃ、美しさはどんどん殺されていくのだから。みんな何でもかんでも共有しすぎだし、僕がそれを強く感じてしまうのは、多分、相対性を自分に対し強要し、「わかりあわなきゃいけない」と脅迫しているからなんだと思います。振り子のように、独になりたくなるのです。他人の言うことを気にしすぎて、「みんな」と時間を共有しすぎて、僕がどきどきする、僕だけの美しさ、僕だけの楽しさ、僕だけの怒り、僕だけの悲しみ、僕だけの喜び、本当の自分の感覚がどんどん深く深く、沈んでいっているようで、死んでるみたいで、それがすごくすごくすごく嫌なのですなのですなのです。絶対としての自分を取り戻すために表現したいです。どきどきさせてあげたいし、喜ばせてあげたいし、哀しませてあげたいし、愛させてあげたいのです。

くんなくんなくんなくんな

なくななくななくなくなくな

僕はもう疲れた、もうすこし、もう疲れた

ラクしかしてない人生

ラクしかしてない人生

割には不幸だ

ラクしかしてない人生

逃げてばっかりの人生

愛がないから

やっぱり耐えらんない

何もできない

きっと、愛がないから

愛してほしいだけなの

自分を愛する意味がないと、生きられないの

あああ、もう無理

もう  無理