一直線に突き進まねばと思った。

今日は叔父様に久しぶりに会って話した。

なかなか、やりたいことを行動に移せない僕の状態を見抜いてくれたようで、

やりたいことあるなら、一直線に行動した方がいい!といわれた。

うだうだ考えてるうちに「やりたいこと」やれなくなるぞ、

お前はやりたいこと決まってるんだから、それ以外のことは考えず、命かけてやればいいだけの話だろ、と。

それを聞いて、少しショックだったけど、胸のつかえがとれたようなすっきりした気持ちになった。

今まで、(「普通」の人生に)よそ見して、不安になったり、

目的を見失って、自分は今「やりたいこと」をできていないと焦ってばかりいたから。

でも、その言葉を聞いて「やりたいこと」を「やるため」のことしかしないと決めたら、

きっと、あらゆることに価値を感じられるのだと思った。

全部、価値(やりたいこと)につなげられるのだから。

 

 

やりたいことあるんだから、それに命を懸けていった方が幸せだ。

なんで、こんな簡単なことに気づかなかったんだろうって感じです。

それがもし思ってたのと違って、あんまやりたいことでもないってなったら、

また、他にやりたいこと見つけて命かければいいだけのことだしね。

僕はどうやら、一度にたくさんのことをできるように器用にはできてないみたいだけど、

人は何かに命を懸けていれば、

未来なんて全然不安じゃくなるぐらい今を強く、価値的に生きられるもんなんだと思います。

未来もまた、今なんですから。

今日は面白くて尊敬できるアフィリエイターさんにも出会えたし、

叔父さんにも素晴らしいアドバイスをしてもらえたし、本当にいい1日だった。

すっげー、駄文になっちゃった。おやすみなさい。

 

ゲイとして生きるということ!

僕はゲイです。

目をそらさないでいただきたい

僕はゲイですよ。

男の人が好きなんです。

男の子が好きなんです。

なんだかんだ、見ない振りされてますけど、

僕、ゲイですから。

差別なんて、むしろしてほしいくらいですよ。

僕はここにいるんですよ!

ねえ、見ない振りしないで!

僕は男とセックスするんです。

君が女の子とセックスするようにね。

ねぇ、見ない振りしないで?

認めてやってください。

僕はここにいるよ?

 

僕は、僕という命を、その愛を表明します。

僕は、さげすまされ、目をそらされてきた「僕」を見つけたいのです。

僕らの命が、これ以上ないほどに、命を叫ぶことができるように。

17歳のゲイ、自分のために人を愛そうと思う。

みなさん、こんにちは!

17歳でゲイで通信制高校に通う、

病みギミ!

青春こじらせギミ!

承認欲求不満ギミ!

人生負け組確定ギミ!

ドS彼氏でヤンデレな彼氏募集ギミ(?)!

わたくし、カトウ ウルウと申します

 

えー、唐突ですが、

最近、僕(「14歳の哲学」って本よんだり、「夜と霧」って本よんだりして)

「自分にとって良いことをする」

という人生のテーマの一つを見つけたわけなのですが、

具体的には自分にとって何がよくて何が悪いことなのかという基準がなかった(あいまいにしていた)。

そして、

正しさや善や、良い、こと

逆に間違いや悪や、悪いこと

というのは目的が定まらなければ、

決定することができないものだということにも気づきました。

 

では、僕の目的、もとい、僕が僕に求めているものはなんなのだろうかと考えました。

僕は、幸せになりたい

そのために愛されたい

そして、自分を愛したい

 

僕は自分を愛せていないんです。

そして、誰かを愛することもできていなかった。

だから、僕は誰かを精一杯、自分らしく愛することで、

その愛を表明することで、自分を愛そうと思います。

僕は堂々と、自分のために人生を使うことにします。

真っすぐに、素直に。

真っすぐな人間になりたい。

素直な人間になりたい。

僕はこうしたいんだ!って、胸を張って自分を表現できるような人間になりたい。

自分の弱さや醜さや嫌いな部分をちゃんと見つめてあげたい。

つまり、ゴンみたいになりたいのです。

素直で、柔軟で、真っすぐで、主体的で、言葉や理論で縛られていない。

そういう人に僕はなりたいのです。

自分を愛したい。

最近は落ち込んでばっかりいます。

バイトはうまくいかないし、

嫌われ者店長には怒られるし、

将来の事、大学に行くのか、何をしに行くのか、

そのためのお金は?

アフェリエイトしようかな、と思いつつも

なんだか、調べれば調べるほど利害ばかりを求め、

甘言で人を誘惑する詐欺みたいな胡散臭い情報ばかり。

レポートは終わらないし、

食欲もわかない。

生きていくのって辛いな、とそんなふうに、

ガラスのハートの所持者である僕はおもうのです。

ただ、ありのままでいたいだけなのになぁ...

五月になってしまいました。

五月になってしまいましたね。

なんとも、いやはや。全然更新してないという。僕の人生と銘打っておきながら、僕の人生の全体にはやはりなり得ないにしても、やはり、誇大な(?)文句を使ってしまった、と少し後悔、半分反省しております。

またしばらく、ブログを更新していこうと思います。だんだんさみしさもつのってきましたし、詩を書いたり、絵をかいたり、歌を歌ったり、歌をつくったり、朗読したり、演技したり、(全然うまくできぬけれども、何かしてないと不安なので)やって行こうと思う次第なのであります。

普通科)高校辞めて今、思うことは寂しいなってことです。寒いぐらい寂しい。「もう、いい加減に歩き出してもいいんじゃないか、このくそほら吹き野郎」と自分に言ってあげたいと思います。

鼻くそみたいな矮小で汚らしい人間ですが、生きていきたいと思います。

生きて生きて生きて、歌って歌って歌って、書いて書いて書いて

そうやって、僕である時間を過ごしてゆきたいものであります。

現世は地獄だとしても。

現世、現実が地獄だとしても、

僕は、笑顔で幸福でいようと思う。

ありのままに自分を愛して、

ありのままに自分を生きて、

ありのままに誰かを愛して、

生きたいと思う。

うしおととらという漫画のセリフで、

主人公が、地獄に落ちると言われた時、

地獄で幸せになってやると言った、その気持ち。

そういう意志を持った時、心が、命が沸き立つのだ。

我がままに、自分がままに、

僕たちを不幸にしようとする力を打ち破り、

幸福の戦いに挑んで生きたいと思う。

ただ、あなたであればよし、

ただ、幸福であればよし、

僕たちを切り裂き、不幸にしようとする力、

それを見極めよう。

そして戦おう、戦うことが幸福なのだ。

命を生き切るとははそういうことじゃないか